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故松本崇市長の前夜式、告別式に参列してきました。(写真は今年5月に撮影したもの)

 

 

遺影の松本市長は、あの威勢の良い語り口が聞こえてきそうだった。あの茶目っ気溢れた語りぶりは耳から離れない…。私にとっては(私同世代の大村人にとっても)、物心ついた時から、市長と言えば「松本崇」である。急逝の報は、あまりに衝撃的であった。

 

 

私が27歳で初当選した時、声をかけてくださって昼食をご一緒した。ほっともっとのお弁当を食べながら、私のこれまでの経歴や、これからの議会人としてアドバイスを頂いたことが、つい最近のように思える。

 

 

読者の皆様は百も承知でしょうが、私は二度の市長選挙にわたって松本崇市長と戦った。松本市長の対立候補を支援した。一度目は「市民交流プラザ」、二度目は「大村浜屋跡地の再開発」というハコモノ事業をどうしても容認することができなかった。

 

 

政策的に対立する部分はあったが、政治家・松本崇市長のことは心から尊敬していた。そして、一般質問で議論することがこの上なく楽しかった。松本市長から反問されることも数多く、お互い激しくぶつかり合うような議論も幾度となくあった。

 

 

百戦錬磨の松本市長をどうしたら動かすことができるのだろうか。とにかく、そのことだけに必死だった。次の議会で質問を行うまでには、3ヶ月間の準備期間がある。その間、色んな情報を集めたり、市民の声を聞いたり、研究者の元を訪れたり、松本市長に食らいつくため、色んな材料を収集していた。

 

 

なぜ、私がそこまで必死になれたか。それは、松本市長が本気で向き合ってくれたからだ。

 

 

松本市長は自分の言葉で答弁することが多く、時には職員が準備した答弁を読まず、本心を率直に答弁されていた。松本市長の思い切った答弁によって、本会議に出席している副市長、部長たちも思わず困惑、苦笑いするような場面が数多くあった。ご一緒させていただいた9年間で、多くの政策を提案した。却下されたものも多かったが、実現させていただいたことも少なからずあった。

 

 

競艇事業からの繰入金のルール化(子育て・教育目的に使途限定)、公共施設のアセットマネジメント、県立図書館・市立図書館の合築構想、中高生の国際交流活動の推進、近隣自治体との災害協定、久原池田線の変則六叉路の改良など…。本会議の議論を通して、実現したものであり、松本市長のリーダーシップと決断力によるものだと感謝している。

 

 

惜しむらくは、松本市長と二人だけお酒をご一緒することができなかったことだ。1期目の頃に、「一度、遊びにこんですか?村崎議員はお酒すいとらすでしょ?」と明るい声で誘っていただいたことがあった。

 

 

いち議員と首長が、二人だけでお酒を飲むのは好ましくないという思いがあり、その時は実現しなかった。(これは、どなたが市長になられようと同じスタンスである)

 

 

お互いベートーベン、歌舞伎が好きなこともあり、市長を勇退されてから、ゆっくりお酒が飲めないだろうかと思っていた。「議論相手」ではなく、「人生の先輩」としてご一緒できる機会を心の底から楽しみにしていた。先送りした楽しみが、もう実現しないかと思うと残念でならない。

 

 

私は今、羽田空港にいる。これから、イギリス、フランスを訪問する予定だ。

 

 

9月11日の一般質問の前に、松本市長にイギリス・フランスへ行くことを話したら、

 

「議員はボート事業も熱心ばってん、国際交流も熱心だもんねー。ありがとね。また(帰ってきたら)向こうのこと教えてね」

 

 

ちゃんとした会話としては、これが最後だと思う。質問後は挨拶の御礼を交わしただけである。

 

 

もっと教えていただきたいことがあったとは言わない。

 

 

十分教えていただいたし、有り余るくらいのヒントを頂戴しているはずだ。松本市長から、何をどのように学ぶかである。そこに答えていきたい。政治家としては、よい面、悪い面、賛否両論、様々な評価があるのは理解できる。それでも、松本市長は大村の歴史に残る偉大な政治家である。最後の最後まで、私たちと議論を交わした姿勢は、根っからの政治家であることの証左だ。

 

 

世間的に、私は反市長、反松本の議員という評価であろう。また、一般的な話だが、反市長派の議員に対しては「前向きな答弁をしない」、「提案内容を却下する(無視する)」というのが、よくある地方議会の文化である。

 

 

しかし、松本市長は私の発言内容、政策の提案内容に応じて、極めて冷静に答弁をしてくださった。本当に必要な政策ならば、実現に向けて政治決断をされた。感情的な視点で、作為的な答弁(意地悪な答弁)をされるようなことは一切なかった。邪推に過ぎないが、若い政治家を潰さずに、育ていくという優しさがあったように思えてならない。ただ、ただ感謝である。

 

 

松本崇市長、本当にありがとうございました。学んだことを、これからの活動に、あなたが大好きな大村市の発展に繫げられるよう努力していきます。ゆっくり、お休みください。